バスカーたちの強靭メンタル

 

こんにちは。ハレルヤです。

お元気でお過ごしでしょうか。

 

最近、友人達の間で、バスキングが恋しいなあ、なんて話しをよく交わします。

 

ご推察の通りに、今はバスキングをしてはいけません。

言い換えると「してはいけない」わけではありませんが、公式に「してもいいよ」と言うアナウンスはされていない状況です。

 

なので「してもいいよ」と言われない限りは「公認の場所」では出来ないと言う事ではあるのですが、バスキングの制度というのは、あくまでバスカー同士の混乱を避けるべきものであり、そして訪れてくる観光客への街の風情として、アピールの一環として、バスカー達が管理されながら「公認の場所」でバスキングを行い、そのスケジュールをこなしていると言うだけでありまして。

本来のバスキングという意味や文化に「制度」は必ずしも必要ではなく、あくまで、ミュージシャン各自のマナーとミュージシャンシップ、通行人への気遣いがあれば行えるものであります。

 

実際に、いち早く6月中旬にバスキングを行ったバスカーもいます。

ただし、大通り沿いの屋外で、十分に人の波から距離をとった場所で、十分に配慮をした上で・・と言う事です。

 

以前と同じようには出来ない上に、公認とされている場所は人々の密集エリア。

密集した場所での活動はおろか、密集させると言う行動も慎むべき時期である今、動きは取れない状況が続き、所謂、ライブ、コンサート、イベントなどと同じく実演の類であるバスキングの舞台も厳しい状況となっています。

 

これまで、リーマンショックや数々の事件などを経て「音楽で支えよう」として、収入(チップ)はなくても、人出が少なくとも、行動に移せば人々の心を励ますことができたり、乗り越えることができると言う問題とは、少々違う今。

何よりも通行人への配慮を一番とするバスカーにとっては、身を引いて違う形での音楽発信を試みる選択になるのは極めて常識的な判断でもあります。

 

誰もが「今後同じ場所(バスキングピッチ)に戻って演奏するかどうか、分からない」と言いながらも、心の中では(以前と同じような生活に戻ることができない)ことへの不安はあります。

 

 

遠い昔より、バスキングには多くのリスクがつきものです。

路上に立って、いくら好きな演奏をしようとも、長時間演奏することでのリスクは大きく、疲労や環境の悪さのみならず、スリや変に絡んでくる人に遭遇する可能性も高いほか、誹謗中傷的な言葉や音楽へのジャッジを浴びることがゼロと言うことはありません。

これらは、本来の姿のバスキングの実情であり、例えば30分、1時間のショーセットを路上で行う「路上ライブ」とは全く別のものです。

それら路上ライブもひとりで行なっている人たちは、同様の経験もあると思いますし、時間のセット関わらず、「ミュージシャン対、通行人」で行なっているパフォーマンスは立派な大道芸です。しかし、これが例えばスタッフやカメラマン、あるいは特定のファンや友人を連れてとなると「プロモーション活動」になり、完全に守られている状況での路上演奏になるので、バスキングとは言い難いのが事実。

後者の場合は、バスキングを死活問題として、しんどいものとして捉える事はまず無いと思います。

 

バスキング(つまり大道芸)とは、ひとりで戦うことが基本であり、そして、バスキングを生業としている場合は、時間を決めてのパフォーマンスではありません。

「十分な収入を得るまで」、それが例え朝から日が暮れるまでであっても、パフォームし続けるのが当然と言ったスタイル、それが古来からの欧州でのバスキングスタイルです。ちなみに、イギリスのバスカーは1日、最低4時間は演奏します。これは「最低ライン」ですので・・・

 

それが基準となっている舞台ですので、いくら好きではじめたとしても、しんどいと感じながら、この生活から抜け出したいと思うのは、ごく当たり前の感情とも言えます。

 

過酷ながらも死活問題として継続していたバスキング。はじめた当初は憧れもありながらも、実際に何年も続けているバスカーは、しんどい思いをしながら自分に鞭打って続けていた人がほとんどです。(レビュラーバスカーの場合はですが)

しかし、この生活が遠のくとなると・・・

 

恋しくなる!(笑)

そんなの当たり前ですよね。

 

私も、少し前ですが「こんな生活を何年続けていたんだろう、と悲しく思っていたこともあるが、今思うと、その生活を送ることが出来ていた平和な時代に戻ることができたら、幸せだと感じると思う。」・・・と、ボヤいた事がありましたが(笑)、これ、どんな生活している人でも全く同じですよね。

 

当たり前のように出来ていた事が出来なくなると、恋しいと思い、当たり前に出来ていたことが幸せだったのだなあ・・・と、出来ない状況になってしみじみ思う、つくづく人間とは、今その瞬間を最大限に幸福感をもって生きることが難しいのかもしれないなあと思います。

 

まあ、そう言う心持ちが自然に出来てる人は存在すると思いますよ!

今日、今、この瞬間を「幸せだ!」「ありがとう!」なんて、まさに思っている人は、菩薩のような方だと思いますね!尊敬するばかり。でも、そういう人も確かにいます!

 

今、どうしてこんな時代になっちゃったかな~と悔やんでいても、もう少し先になったら、もっとひどい状況になるのかもしれないし、もっと良い未来があるのかもしれないし、誰にもわからないのだったら、今を「最大限にラッキーな機会だ」と思って生きるのが一番良いのですよね。

 

そんなわけで、「バスキングが恋しいよね」なんて話しを、バスカー仲間の皆でしておりまして・・・

 

バスカーみんなしょんぼりしてます・・・

・・・と言う話しではなくって。(笑)

 

実は、バスカーのメンタルすげえ!って感じたという話し!

 

今のところ、超後ろ向きになったり、鬱になってしまってるような人がいません。

もしかしたら、周囲を気遣って、周りに気持ちを出していないのかもしれませんが・・・

 

振り返ってみて、「身動き取れない状況」になったことって、リーマンショックが訪れる少し前の、バスキングエージェント閉鎖時期を思い出すのですが・・・

詳しくは、リンクバナーの別サイトの歴史からご覧くださいませ。(←手抜き)

 

当時を軽く説明すると・・・

 

当時の7月。このしばらく後に起こるリーマンショックを予想していたかのようなタイミングで、バスカーを管理するエージェントが閉鎖。当時噂されていたのは「バスキングという音楽文化にかける予算の削減」とも言われていました。あ、これは噂ですよ。

運営していくのはコストがかかりますから。プロモーションやサイト等の運営、スタッフもオフィスだけではく、バスキング現場の見回りスタッフも多く存在していましたので、人件費もおそらく相当なもので・・・

スポンサーも付いておりましたしね。振り返ると「時代」ではあったのでしょうけど。

 

まあ、私は当時は新人でしたので、イケイケのバスキングプロモーション全盛期の甘い汁は吸えなかったですね。甘い汁だったかどうか知らんけど。ただ、リーマンショツク前にかろうじて入団しておりましたので(←サーカスかい)、リーマンショック前まではチップの入りが凄かったのは記憶してます。

 

しかし、その凄いチップを獲れるピッチに立つ資格を得るまでの道のりは長く、厳しい新人期間が設けられており、規制をクリアーするまでの段階で脱落して辞めるバスカーも多くいたわけなので、今よりも、当時のエージェント時代の方が「新人規制期間」はかなり厳しかったかも?しれません。

 

で、その頃のバスカー達がなぜ「一時的に身動き取れない状況」になったかというと、公式の運営エージェント、いわゆるバスカー専用プロダクションみたいなものです。そのエージェントの閉鎖により、バスカー達へのマネージメント運営が一時停止。つまりマネージメントする人たちがいなくなったわけです。

現在と同様、公式に「バスキングできますよ」というアナウンスが無い状況となりました。

 

それが数週間にわたって続き、バスカーから転職した人も多数。

 

そして、なんだらかんだらあり・・・(かなり省略)

 

ようやく引き受けてくれたのが、現在のチーム。お役人達でございます。

 

しかし、お相手は、当時はエンターテインメントには無縁のお方達。段取りなど全てが手探りではじめてくださった状態だったので、これまで、至れり尽くせりのマネージメントでスムーズにバスキングを行えてた時代を知るバスカー達の中には、少々愚痴をこぼす人もいたわけで。

 

「なんで、スムーズにバスキング出来ないんだ!」

「場所のブッキングはどうなってるんだ!」

「連絡がなかなか取れない!こっちは生活かかってるんだ!もっと早く手配を!」

「いつまで経っても、公式なピッチで安心して演奏できないじゃないか!」

 

・・・など、いやもう、少々荒れていましたよ、コミュニティー内では。(笑)

懐かしや~

 

それらが落ち着いてきたのは、それから半年くらい経ってでしょうかね・・・

 

新チームを率いていたボスへの支持は、ちょうど半々くらいに別れており、「ボスはジェントルで素晴らしい派」と、「ボスは意地悪で威圧的だ派」がおりまして。

私は前者だったんですよ。はい、綺麗事言ってるみたいですが(笑)、本気でボスをめっちゃいい人!と思って慕ってます。

 

と、言うのも、私は「なんだらかんだらあり・・・・(かなり省略)」の時期に、守ってくれるものもなく、当てもなく行き当たりばったりでバスキングをしており、同じ境遇の仲間と譲り合い、助け合って数週間、なんとか生き延びておりまして、ようやく2〜3ヶ月くらい経った頃かな、エージェントをボス率いるチームが正式に引き受けたとアナウンスされましてね・・・単純に、嬉しいじゃないですか。有難いじゃないですか。

 

>Thanks for help us, thanks for your kindness, we are happy to do busking with you!(私たちを助けてくれてありがとう!親切をありがとう!私たちはボスと{のもとで}バスキング出来て嬉しいです)

のような感じのメールをボスに送ったんですよ。

 

そしたら、

>No problem, you are welcome Yoko! :)) (問題ないよ、歓迎するよ!^-^)

・・・と、ボスからレスポンスが来まして。

 

(こ・・・このヒトは、ええヒトやあ~~~!しかも顔文字付き!涙)

 

・・・・と、感動したのを覚えてます。(←超単純)

 

見た目、めっちゃ怖い感じの男性ですよ、ボス。一斉メールも、電話での口調も冷たい雰囲気もあり、とにかく全体的に超怖い感じです。

レスポンスなくても当然、一応挨拶しとかんとね!・・・くらいの気持ちで送った、私のような下々の人間のメールに優しいというか可愛らしい?メールが返ってきて。一気に好印象に!

 

ですから、当時、超厳しい通達などが送られてきても「ボスはいい人だから」と、全く気にせず、同じように「ボスはジェントルで素晴らしい派」のバスカー達と、「いやあ、あの人は口が悪いけどいい人だよね!」なんて話していました。(←口が悪いとか余計)

 

実際に、後々にも、ボランティアなどで助けてくれたこともありますし、相談事ものってくれますし、本当、いい人ですよ。私は足を向けては寝れないほどに、色々助けてもらいました。

 

何の話しやねん!と言うところですが、つまり、口が悪くて厳しい規制や諸々の通達を出し、意地悪に見えるような相手でも、それがこちらに悪意あってのものなのかどうか、その真意がわかる人はその相手本人しかわからないのであり。

全ては受け手次第、と言うことでもあるのです。

 

「意地悪なボスやなあ~!」「反抗したれ!」と思って接していれば、ボスも心を開かないでしょうし、例え意地悪をしていたとしても、「あなたは素晴らしいボスです!」と言われたら、意地悪できへんようになるんちゃうの・・・みたいな。

まあ、私は単純な人間なので、本当に嫌いな相手や、相手に無粋な事を本当にされていたなら「素晴らしいボスです!」なんて言えませんが(汗)。自分が実際にボス、ええ人やあ!と思って、好意と誠意を示し、それが相手に伝わったためかどうかわかりませんが・・・以後、ボスからは優しくして頂けた記憶しかありません。

 

そう考えたら、嫌いな相手でも、こっちが好きになったら上手くいくのかもしれませんけどね。そこまで人間出来てる人は少ないかと思いますし、嫌いなもんはしゃあないしね。作為的に人間付き合いをやれる人はいるかもしれないけど、そうなればいずれはボロは出るかなと。

 

でも、根本的に、管理を引き受けてくれたマネジメントオフィスやボスに文句を言うのは間違っており、文句言えるだけ幸せだよねと。文句をズバッ!と言ってスパッ!と辞める人は潔いし正直で良いと思うけど、文句を言い続けてしがみついているのは「ハテナ?」と思ってました。なんで文句言うんやろと。向こうが嫌になったら、いつでもバスキングマネジメントを閉鎖できるわけですからね。

 

文句言ってる側はどう思っていたかはわかりませんが、文句言ってない側のバスカーは、私のように好意的にボスを見ている人だけでなく、文句を言う人がいることでマネジメント放棄されたらたまらんので、フォローしてたような大人な感じのバスカーもいましたよ。「マネジメントありがとう!」みたいな会話をボスと交わしたり。大人やなあ・・

そうやってバランスが取れて成り立っているのだなあ・・・と。

 

 

そう言う「プチ荒れ時代」がほんの僅かな時期にあり、それを経て現在のピースフル(かどうかはわからんけど)な時代へと続いてきたわけですが・・・

 

皮肉なもので、世界が一転し、過去の騒ぎじゃ無いどころの苦境に立たされる今。

 

ところが、今や、文句のひとつも愚痴のひとつも聞かないですね。

 

文句を言うのは、誰もが同じ状況で苦しんでいるので筋違いですが、しかし、愚痴くらいはあるものです。

私も、そのほかの様々なミュージシャンやフリーランスの友人の愚痴を聞いたり、SNSで垣間見たりしましたし、私自身も周りに愚痴ったり落ち込んだりしていました。(笑)

 

だけど、これが・・・

 

バスカーの口からは聞かないんですよねえ・・・愚痴ひとつ。

 

おそらくですが、バスカーは一番しんどい状況だと思うのですよ。誤解のないように伝えると、どの職業でも、どのジャンルのミュージシャンでもしんどいのは同じです。ただ、バスカーは「投げ銭」の世界です。

 

投げ銭に対して税金はかかりません。

これは状況によりますので、「投げ銭で生活ができるレベルの収入を得ている」となれば、当然チップだろうと課税対象になり申告が必要な場合もあると思うので、投げ銭だから申告無しという意識は危険であり、専門家への相談は必須かと思います。

 

ただし(ロンドンで)公式にバスキングを行なっている者に対しては、課税対象にはならない事になっています。なので、公式バスカーの「物販」は禁じられています。

免許が必要な場所で、バスカーがCDを手売りしているのを見たことがある人は、おそらくいないのでは?と思います。これはルールですから。物販は課税なので、路上で行うとその線引きがわからなくなるわけですよね。そこまで管理できましぇーん、ということでの禁止事項です。

 

しかし、大通りの「公認ピッチでは無いけど暗黙でOKされている場所」でバスキングしているバスカーは、CDやグッズを販売してプロモーションしている人も見るかと思います。これは、国が責任を持っていないため、全て自己責任(自己申請)となります。投げ銭なのか物販なのか、その線引きや申告は本人が管理すること。

この辺も、別サイトで詳しく説明してます。(←手抜き)

 

基本的に、バスカーにとって申告が必要なのは、その他の音楽業務(各自で行なっているライブやレコード収入など)です。

 

ここで、少し厄介なのは、フリーランスとしての課税対象の業務をしておらず、投げ銭だけで生活していた場合は、今回の状況下でのフリーランス保証の対象外となるわけなのです。

この意味で「バスカー(しかやってない人)はしんどい」と申し上げた次第です。

 

もちろん、他の業務を行なっていてもフリーランス保証の対象に届かない場合も然りなので、二足の草鞋を履くバスカーでも、バスカーじゃないフリーランスでも、同じ境遇の方は多いと思いますし、どの職業であれども、国の制度によっては保証を受けられない事の方が多いと思います。保証云々以前に、運営がままならなくなる事も多く、その状況は皆が同じです。

「投げ銭生活」が主体であるバスカーも、かなりの過酷な立場であると言うことは、あくまで一例として。

 

それにもかかわらず、一切の愚痴もこぼさないバスカー達。

 

どれだけメンタル強靭なんじゃあ!と思いました。

 

さすが、路上で我が身ひとつを晒しただけあり、動じないと言うか・・・

考え方によっては、日々日々、死活問題だったので、死活問題に慣れているのかしら・・とも思う時があるけども、そんなもんに慣れたい人はいませんしね。

 

とにかく、誰もが声を大にして「苦しい!」と言いたいはずなのに、言わない。

聞くのは「恋しいなあ」と言う言葉のみ・・・

 

たまにバスカー友人と(ネット通話で)会話をしても、「恋しいよね!」「早く良い世界になるといいよね!」と、明るい口調で話そうとする、その様子は、たくましくもあり、切なくもあり・・

 

「打倒!テクノロジー!」と、会うとテクノロジー嫌悪感丸出しだった知人が、「Youtubeはじめたんだよ。登録してね!」なんて言うもんだから、即、登録しましたよ。(笑)

 

SNSでも、ひたすらに演奏を配信したり。

同時に、長引くこの状況に疲れ、徐々にそのネット活動が衰退している知人もゼロではありませんが・・・

 

ただただ、実演業界の復興を願い、世界の混乱が収まる日が一刻も早く訪れることを祈るばかりです。

 

自然災害、そして病。

この二つの前では、人間ってなんて無力なんだろうと悲しくなります。

 

長い歴史の中で、先人達も数々の試練を乗り越えてきたからこそ、今があるのですから、今この状況を乗り越えることは不可能ではないはず。

 

しかし、こうも希望が見出せない状況が長引くと、凹むのが普通の人間です。

そんな中で、明るく平静を保てる人間や、希望を見出して新しい試みを始める人間は、どの社会にも多く存在するのですから、本当に尊敬します。

 

そして、そんな人間のひとりでもある、バスカー達も最大限にリスペクトを致します。

裸一貫、路上で戦ってきたバスカーが、堂々と自由に戦場で戦う日が帰ってくることを願います。

 

心から!!