✏︎エッセイ『ユースケとカイ』全6話

「ユースケとカイ」

第4話《宴のあと》

 

「ヨーコちゃん、路上演奏に行こうや!!」

門をくぐるなり、そんな声で私を出迎えてくれたのは宿泊客の男性であった。

 

それはまるで、宿の玄関で私の帰りを待ち構えていたようなタイミングであった。いや、きっと待っていたんだろう。

その彼は、一緒にたこ焼きパーティーを楽しんだ宿泊客の中のひとりであり、率先してたこ焼きを調理し見事に焼きあげていた。そして私とカイさんのギター演奏を誰よりも一番に盛り上げていた方である。ここでは「たこ焼き男子」と呼称しよう。

 

たこ焼き男子に声をかけられた私は、台風で宿に缶詰めだった数日間、彼が頻繁に私とカイさんのギターセッションの様子を見にきては、「台風じゃなかったら、外で演奏を聞いたら気持ちいいだろうなあ!」と言っていたことを思い出した。

「路上で演奏しようや!これからさ、行こう、行こう!俺、ついていくから!」

ふざけたことを言う奴だ。

私は今、命からがら東平安名崎から戻ってきたばかりなのだ。

「堪忍してや、疲れてるねん。・・・ほな、行こうか。」

私は、すぐさま気持ちが変わり、そう答えた。

今日は大変無謀な一日であった。私は疲れている。はっきり言って、今すぐ部屋に戻って寝たい。それが本音だ。

しかし、こうも考えられる。こういう時こそ無謀を追求し、やけくそを徹底させるべきではないか。

 

私は手で押していた自転車を停め、ユースケさんに帰宅したことを伝えた後に自転車置き場にそれを片付けた。

そして、ハッタリで宮古島へと持参してきたギターを背負い、たこ焼き男子にこう伝えた。

「カイ呼べや、カイ!」

 

私たちは嫌がるカイさんを半ば拉致して引きずりながら、平良市の目抜き通りらしき場所へと向かった。

カイさんにしてみればとばっちりだ。22時も回って寝ようとしているところに私の下手なギター演奏に付き合わされるわけなので、気の毒でしかない。しかし、嫌がるそぶりをしながらも、ギターを抱える仕草に全く躊躇がなかったところを私は見逃さなかった。

ミュージシャンは、演奏の誘いの声に「迷惑」と感じることはまず無い。ビジネスが絡むと事情が変わることもあるかもしれない。しかし、基本的に演奏の誘いは全て嬉しい。人前に出る出ないの話しはその後のことである。

私たちのドタバタ支度の様子を見ていた、男気溢れるオーナーのユースケさんは流石の適応能力だ。22時とはいえど、人々にとっては活動時間の範疇で寝ている人もほとんどいない。ユースケさんは「これから二人が路上演奏をするらしい」「今宵はみんなで音楽イベント・ナイトをやろう」と、起きている宿泊客全員に声をかけていた。

そして、彼自身も私たちの演奏に同行することになった。

 

平良市の通りに出た後、演奏に適切かつ周囲に迷惑をかけない場所を見つけた私とカイさんは、足元にギターケースを広げた。

そして演奏を始めた。景気づけに私が弾き語りを始めると、たこ焼き男子が「イエー!」と口笛を鳴らし盛り上げてくれた。こういう友人は宝だ。グループに一人は必ず欲しい人材である。

しばらくすると、カイさんが演奏参加を始めた。

一緒に仕上げたばかりの「WAVE」をはじめ、ビートルズの曲のほか、日本の歌謡曲や沖縄の名曲も演奏し、それらのほとんどが即興のセッションであったが、やはり一緒に奏でると私の気持ちも落ち着いてくるだけでなく、演奏のリズムも安定している気がする。彼は本当に素晴らしいギタリストだと思う。

そんな私たちの路上演奏を耳にし、心優しい地元住人の皆さんが次々と足を止めてくれた。時には一緒に歌い始める人や手に持っていた三線を取り出して、セッションに参加する人もいた。沖縄独特の自由かつ異国情緒もあるような不思議であたたかい空気感であった。

 

足元に置いたギターケースの中に一番最初に入ったチップは千円札であった。

お札には不思議な効果がある。札を見た人はその額をチップの相場と判断するのか、その後にチップを投げ入れてくれる方も同等の金額を下さる事が多いのだ。次々とお札が私たちのギターケースに落とされていく。

あんなに人前での演奏を嫌がってたカイさんも、道行く人々に拍手や声援を頂いているうちに気分が乗ってきた様子だ。しまいには「時間もあれだし、そろそろ止めようか」と私たちが伝えても、一人で弾き続けるほどであった。

ギターもまともに弾けなかった私。もしやこれが私の路上演奏デビューということになるのだろうか、不思議な気分であった。

 

ユースケさんは、通行人の皆さんに頂いたチップを用いて宿泊客みんなでジャズバーで祝杯をあげようと提案した。私たちは頂いたチップを手にし、カイさんとの初パブリック演奏の打ち上げをかねてユースケさんの言うジャズバーへと向かった。

そこはやはりステージが備え付けてある店で、私たちが到着したころはお店のミュージシャンがひとつのステージを終えるところであった。

注文したドリンクが運ばれて来た際、私はマスターにすかさず交渉した。

「私たち、さっき路上で演奏してきたんです。ここでも演奏できますか?」

マスターは即オッケーの返事を出した。

「ちょうど今ステージ終わったところだから、次の演奏までの間、時間があるからいいよ!」

私たち一同は「やったー!」と大はしゃぎした。まさかの飛び込みライブ演奏のチャンスに皆が笑顔になる中、冷めた顔をしていたのはカイさんだけだった。

「俺はもうやらないからね。」

そんな風に言いながらドリンクを口にし、無関心な素振りをしていたカイさんだったが、いざ私が弾き語り演奏を始めると最後にはギターを持ってステージに乱入してきた。

本当はものすごく人前での演奏が好きなんだろう。いや、私の演奏が相当酷くて見ていられないというだけかもしれない。

 

すっかり真夜中となったジャズバーからの帰り道のことであった。

オーナーのユースケさんが「みんな、先に帰ってて」と、急に道に座り込んだ。笑顔で少し何かを誤魔化すように言うものだから、私たちは「女だな」「約束してんねんな」とニヤニヤして口にしながら宿へと先に戻った。

翌日に聞いたところ、実はその夜はユースケさんは熱があったそうなのだ。体調が万全というわけではなかったらしい。道に座り込んだのは、本当に少し休憩をしたかったためだったようだ。

なんと男らしい方なのか。そんな素振りの欠片も見せず、彼はひたすらに私やカイさんの演奏を応援し、宿泊客を連れてもてなし、路上演奏へ、バーへと皆を連れて盛り上げ続けた。全ては、観光に来たお客さんたちの思い出づくりのためだったのだ。

そして最後の最後にエンジンを切らした彼。周りを気遣い、心配させぬよう、疲れた姿を見せないために途中で一人になったのだ。実は具合が悪かったと聞いた時、それは、彼の男っぷりに宿泊客皆が惚れ込んでしまった瞬間だった。

 

その後、男っぷりのあるユースケさんの誕生日が近いと言うことを常連のお客さんから聞いた。偶然にもユースケさんの誕生日は、私が宮古島を離れる前日の宿泊最後となる日と同じであった。

カイさんと宿泊客の皆でサプライズのパーティーを開こうと考えた。そして、当日の夜になり、ユースケさんの誕生パーティーのため、ゆんたくルームには宿泊客の全員が集まった。

果たしてこれが私からのお礼になるかどうかはわからない。しかし、ユースケさんやこの宿で出会った皆に心を込めて、この持参したギターで気持ちを伝えたい。そう思った私は、カイさんとの最後のギターセッションをパーティーで披露した。

 

私は明日の早朝便の飛行機に乗る。

かなり早い時間の出発なので、私が宿を出る時間はきっと皆寝てるだろう。さよならの声をかけるにも非常識な時間帯だ。だから、このパーティーの夜が宿の皆とのお別れになる。

 

パーティーは大盛り上がりとなり、夜が更けていった。

時計の針はもうすっかり翌日を回っており、宿泊客の皆は徐々にそれぞれの部屋へ戻っていき、辺りが静かになっていく様は華やかな宴の終わりを感じさせる。

この時間になると早朝出発の私はほとんど寝る時間もない。早く荷支度をして仮眠しなければと思い、片付けの準備を始めた。

「明日、こっそり出て行かないで下さいね。挨拶もできず会えなくなるのは寂しいんで。」

ギターを手に部屋に戻ろうとする私に向かって、カイさんはそう言った。

 

(5ページへつづく)