✏︎エッセイ『粋な乍ら歩き』〜真実のテイクアウェイ〜

*この内容は、2019年に寄稿したフードレポートから、「粋な乍ら歩き」の項のみを抜粋して再アップロードしたものです。情報は最新ではありません。

 

 

少しテイクアウェイについて語りたい。

 

移動の多い私は、出先で食事のお持ち帰りシステムを利用する事も多い。

自炊も毎日やっているといつしか決まったレパートリーばかりになってくる。たまの「持ち帰り」は、新鮮な気分になってなかなか良い。

学生時代でいう「買い食い」のような、そんな気分になりワクワクするものだ。

 

この「お持ち帰り」の事を、イギリスでは「Take away(テイクアウェイ)」と言う。

テイクアウトとは言わない。

 

レジでのやり取りでは一般的に「To go」でも通じる。

「Stay here, or takeaway?(持ち帰る?それともここで食べる?)」と聞かれたら、シンプルに「To go」でも良いし、ちょいとだけ丁寧に答えようと思えば「Take away please.」と伝えよう。

 

とにかく、イギリス人相手にどう言葉を返してよいかわからなければ、全てプリーズをつければ良い。

 

 

夜が早いロンドンでは、24時過ぎの夜遅い時間に食事のお持ち帰りができる店は限られている。

端的に言うと開いているお店自体がない。

 

繁華街の近くや駅の近くなどは、ファストフード店や所謂コンビニエンスストア的な、ちょっとした買い物ができるところもある。

しかし、まるでレストランで食べているかのような、出来立てのホカホカミールを頂ける店は、24時をまわるとグッ、と少なくなる。繁華街から離れてしまえれば、その数はゼロだ。

 

夜中になってもホカホカのミールの持ち帰りができる料理は、気軽に立ち寄れるような路面展開をしている店となる。例を挙げるとチャイニーズ、ケバブ、フィッシュアンドチップス。こんなところだ。

仕事の時間が不規則な時には、上記の3種メニューには本当にお世話になっている。

 

チップス(フライドポテト)を片手に持ち、食べながら歩いたり、バスの中で堂々と食べているイギリス人を見たことがある人は多いと思うが、夜中に目立つのは「ケバブ食べながら歩き」をする人々である。

 

よく知られていることだが、ケバブはイギリス人にとって、日本人で言うところの「シメのラーメン」と同じ。

ドリンクでほろ酔い気分の後に、あの、たっぷりの野菜とこってりミーティーなケバブに、たっぷりとガーリックソースとチリソースをかけられているジャンクフードを頂くのはたまらない。

初めてそれを経験した時は、なんとも言えぬ、大人感・・・いや、晴れてロンドナーデビューをしたような気分になったものである。

その美味しさにも驚くが、翌朝の自分の口臭にも大変驚く。翌日の予定だけは注意したいところだ。

 

そんなシメのケバブを食べる人々は、夜になると至る所に出没する。

 

ディナータイムの後に、パブやクラブ等でドリンクをたしなみ、いや、たしなみすぎた彼らは、満腹中枢がくるったせいなのか、純粋に小腹が減っているせいなのか、小腹に軽く入れたくなる。

軽くお腹に入れるつもりが、翌朝に重くなってしまうような高カロリーを摂取してしまうところも、なんとなくシメのラーメンと同じだ。

 

夜遊びすると小腹が減ってしまうのは誰でも同じで、日本で言えば、コンビニでホットミールやアイスクリームなど、軽く何かを買ってしまいたくなる。

しかし、ロンドンにそのような贅沢な選択肢はない。

 

また、ロンドナーは騒音などのマナーに気を遣っている人も多いため、壁の薄いフラットで早朝や夜遅くにキッチンでガチャガチャしたり、料理をするのは好まれない。夜中の自炊はそこそこ注意が必要となる。

 

一般的な食事の時間帯から外れた時にお腹が減ってしまった時。

残業(という概念はイギリス人にはないと思うが)で遅くなった時。

夜遊び帰り、はたまた勉強の気分転換に。小腹がちょっと減った時に、上記の3種の料理、チャイニーズ、フィッシュアンドチップス、ケバブは皆に愛されているメニューなのだ。

そのうちの2つが、イギリス料理ではないというところは突っ込んではいけない。これらは、夜の街に燦然と輝くイギリスの定番テイクアウェイ料理なのだから。

 

 

では、それら料理をテイクアウェイでオーダーし、フラットに持ち帰り部屋で大人しく食べるのか、といえば、実はそうでもない。

大半のロンドナーは、部屋に着く前にその持ち帰り料理を平らげてしまっている。

 

料理を渡してもらった瞬間にその包みをオープンし、ストリートで料理を突きながら家路へ急ぎ歩きはじめるのだ。

持ち帰り用に手提げ袋に入れてもらう必要はなく、そのまま料理を渡してもらえればそれで良い。とてもエコである。

 

私は、「テイクアウェイ」のことを勝手に「ながら歩き」と訳している。

 

「Stay here or take away?」と、店員に訊ねられた時、私の頭の中では「ここで食べる?それとも食べながら帰る?」という台詞に勝手に変換されている。

 

さて、先ほどお伝えした、時間外テイクアウェイに一役買っている3大テイクアウェイフードのチャイニーズ、ケバブ、フィッシュアンドチップス。

その3つの中でも私が特に気に入っているチャイニーズのテイクアウェイだ。

 

基本的には、カウンターのガラスケースの中にオードブルのように料理が並べられているものを、自分たちでチョイスしてお店のスタッフに伝え、それらをスタッフ達がボックスに詰めていくいわゆる「ベントーBOX」スタイルだ。

大抵の店は、持ち帰りせずとも店舗で食べれるようにテーブルがいくつか設置されている。

 

 

 

注文の仕方としては、まずは、ボックスのサイズを選ぶ。サイズではなく「2品」「3品」など、チョイスできる品数で金額が表示されている店がほとんどだが、いずれにせよ、まずは入れ物(紙のボックス)のサイズを選ぶところから始まるということだ。

 

最初に、ベースとしてヌードルかライスを選択する。

店によっては、細めの麺や太めの麺、ライスの種類を選べるところもある。まずは、それらのベースを紙のボックスにぎっしり詰めるところから始まる。

 

そして、ショーケースにキラキラ輝くように並べられた、メインである中華のおかずを選ぶ。そのおかずが「2品」なのか「3品」なのか、ということで、ヌードルやライスは品数に含まれない。

まあ、ここからは日本人的に好みが分かれると思うが、それらのおかずは、ベースのヌードル、またはライスの上に、どかどかと、遠慮なく盛られる。

日本の弁当のような「仕切り」は当然ないので、ごちゃごちゃした見た目や、味移りが苦手な人は、この形式の持ち帰り料理は遠慮した方が良いかもしれない。

 

 

 

チャイニーズのテイクアウェイの醍醐味は、ヌードルまたはライスと共に、その上にガッツリと盛られたおかずを豪快にいただくこと。これが美味しいのだ。

ちなみに、私はヌードル派だ。おかずには、必ずスパイシー系と黒ビーンズが入ってるものをチョイスする。

 

メインのおかずの選択肢は大体6、8品程のところが多いが、ほとんどチキンである。味付けが違うだけだ。

多民族が集うロンドン、大衆的な持ち帰り店やチャイニーズテイクアウェイでは、牛や豚は滅多に使われていない。

例えば、酢豚であれば「酢鶏」になる。

 

私がチャイニーズのテイクアウェイにハマったのは、実は「歩きながら食べる」ことに憧れを持ったことから始まる。

 

日本では、ただのお下品な行為と見做されてしまう「ながら食べ」かもしれないが、あまりにナチュラルにさりげなくものを食べているストリートを歩くロンドナーたち、その日本とは全く違う景色ゆえに、昔は、そんなロンドナーの姿に淡い憧れを抱いたものだった。

 

ロンドナーは「食べながら歩き」が本当に大変多い。

旅行や留学、移住などでまず一番最初に目にするのはバナナの食べながら歩き、そして次にリンゴのながら食べだろう。ご想像の通り、それらの風景がポピュラーなのは朝の時間帯だ。

 

イギリス人はブレックファストを食べ忘れても、フルーツは忘れない。

朝の地下鉄やバスの中で出会うロンドナーたちのポケットからは、バナナかリンゴが必ず出てくる。そして、彼らは目の前でガブリと美味しそうに頂いている。

そんな景色の中で、時々チョコレートやシリアルのバーをかじる人もいる。日本人にとってはバナナやリンゴよりかは、これらのスナックバーの方が比較的トライしやすいかもしれない。

 

時間帯が午後に向かうと、バナナの食べながら歩きに加えて、フィッシュ&チップスを手に持つロンドナーを見ることが増えていく。

フィッシュ&チップスと一括りにしたが、その名の通りフィッシュとチップスの包みの他に、ソーセージ&チップスや、チキン&チップスの他、チップスだけなど、チッピーショップで購入するもの全てを指す。

やはり、食べながら歩くとなると、お手軽にチップスのみの包みをもつ人が圧倒的に多いのは確かだ。

 

これが夜の遅い時間になってくると、ケバブを食べながら歩く人が幅を利かせ始めるのだが、これよりもさらに「ながら歩きの上級者」が現れ始める。

 

それらの人々は、一部の繁華街の雑踏の中に紛れているだけでなく、終電間際の地下鉄や深夜のバスといった、乗車人数が格段と減った車内で、あるものを堂々と食べながら帰路へ向かっている。

それこそが、さらに高いレベルの「粋」の領域に達したながら歩きをする「ながら歩きの達人」なる人々なのだ。

 

粋なながら歩きをする人は、「さりげなくフードを突き、パクリ口にしながら歩く」という、ナチュラルなことなどはしない。

チョップスティック、またはフォークなどでガッツリと食事をいただきながら、歩いていたり、バスに乗っているのである。

これを日本で置き換えると、弁当箱を箸で突きながら地下鉄に乗っているようなイメージだ。

 

その姿が「粋」に見えてしまうのだから、ロンドンは不思議な街である。

 

粋の領域の人々が目指すお持ち帰りの店、それはチャイニーズに他ならない。

そういった人たちは、9割の確率でチャイニーズのテイクアウェイの紙ボックスを手に持っている。

 

これを私たち日本人がサラリとやろうとしても、どうもサマにならない。前に語ったように、ただのお下品行為にしか見えない。

しかしなぜ、イギリス人がチャイニーズを手にバスに乗り、チョップスティックで突きながら食べている姿は粋に見えるのだろうか。

 

(なんとか私も粋の領域に達したい!)

 

若さゆえか、渡英直後はそんなしょうもない試みをなん度も私はトライしていた。

その見た目がどのように間抜けだったかは、第三者からみないとわからないことではあるが、やっていた本人は、全く違和感なくその行為を行なっていたので、自分自身もあまり深く考えるでもなく周りを気にするでもなく、周りに気にされる訳でもなかった。

カルチャー的にそれが普通であった、ということだろう。

 

とにかく、イギリス人は周囲の人々が何をやっていようと全く気にしない。周囲の人を気にかけるときは、誰かが人助けを必要としている時くらいである。

電車で席を譲る、荷物を抱えた人の手伝いをする、誰かに絡まれている人や喧嘩している人に声をかける、路上の人々にチップを与えるなど、そういうときにはほとんどの人が見て見ぬふりはしないので、この精神には本当に脱帽する。

 

最初は、猿真似で始めたチャイニーズの食べながら歩きだったが、何度も食べているうちにすっかりテイクアウェイ中華ならではの、その独特の味の虜になってしまったというのが、私がチャイニーズのテイクアウェイを好んでいる理由だ。

 

ちなみに、今はそんな「ながら歩き」の試みなんてことはしない。時々「食べたいなあ」と味が恋しくなった時には、店内のスペースで頂いている。

しかし、時間がない時は、会計を終えてそのボックスを手にしたらすぐさま開けて、飛び出てしまう時もある。

(ちょっとだけ食べよう)なんて思って、つい、歩きながら食べてしまったその時に「ハッ!」とするのだ。

 

それこそがまさに、自然な「食べながら歩き」なのではないか。

 

つまり、イギリス人は別にながら歩きをしようと思ってしているわけではない。

単純に家で食べる時間がなかったので、バナナを手に駆け出し、通勤中の地下鉄で食べているというだけなのだ。

単純に、腹が減って待てないのでその場で開封して食べている、というだけなのだ。

それら「ながら歩き行為」に、何の意味も持たないのである。

 

もし、イギリスの地へ降り立って、ロンドナーがフードを食べながら歩く姿を「面白いなあ」と、愉快に感じてしまうような方がいたら、そんなあなたは、1ヶ月後には、無意識にクリスプスをつまみながらストリートを歩いているだろう。

バナナだって、リンゴだってお手の物だ。

 

しかし、チャイニーズに関しては流石に「自然にチャイニーズ食べながら歩いてました」というには無理があり、真似するにも難易度が高いかもしれない。

よほど、中華が食べたくて仕方なくて目の前にチャイニーズ店舗があり、腹ペコで倒れそうで今すぐむしゃぶりたい!と思わない限り、自然にストリートで食べてましたとはならないだろう。

 

その、ナンセンスな奥深さが、異国から訪れた我々からみて「粋」と錯覚してしまうのかもしれない。

 

 

他にも、粋の領域には「握り鮨のながら歩き」というものがある。

純イギリス人が堂々と混雑した目抜き通りで行っているのをたまに見かけるが、これはなかなか粋だ。

しかも、鮨を手でパクリと食べているわけではなく、ストリート上でチョップスティックを使って食べている。観察していると、鮨詰めボックスの一箇所にソイソースを流し込み、それに浸してから食べているようだ。

あまりの粋なながら歩きに、思わず感心してしまう。

 

流石に、握り鮨をストリート上で食べることは私にはできない。

これは真のロンドナーである純粋なイギリス人にのみ許された領域だと思う。

 

ケバブ、フィッシュアンドチップス、そしてチャイニーズの粋な食べながら歩きに加え、鮨の食べながら歩きロンドナーまで一般的になってくると、近い将来には「ラーメンのながら歩き」や、「カツカレーのながら歩き」もポピュラーになるのではないか。

そんなことを時々考えてしまうのだ。

 

(おわり)