*こちらは、3ページに渡るエッセイになります。
他サイトで寄稿した同エッセイを、こちらのブログへ移転・再アップロードしました。
私がイギリス・ロンドンで夢中になっている食べ物がある。
それは「カァツゥ・キャアリィー」こと、カツカレーだ。
イギリスでのカツカレーというメニューは、我々から見れば実に高貴なもの。
インドカレーであれば、いつでも何処でも気軽に食べる事が出来る。むしろ、ロンドナーにとってのインドカレーは切っても切り離せない重要なメニューだ。
しかし、日本のカレーにありつくためには、一部の日本料理店に足を運ばない限り、お気軽には食べれない。
ならば自宅で作れば良いのだが、「日本の味」を出すカレールーの値段はそこそこの値段もする。そして、日本米を準備し、その上、カレーにカツまで添えようともなると自炊では一大事だ。
だったら外食しよう、となるものの、日本料理店は庶民が気軽に通えるようなお手軽な料金ではないのが苦しいところである。
日本を思い出させてくれるような味のカレーが、店先で、あるいはお持ち帰りで気軽に食べることができることは、海外在住の日本人にとっては大きな夢なのだ。
しかし、ある時、ふとしたきっかけで立ち止まった店で、私は遂にその夢を手に入れることができた。
良心的なプライス、良心的なサービス、そして満足の味と三点揃ったカツカレーを食べることができる店を、ついに見つけることが出来たのだ。
振り返れば、この地に移住した頃は日本食は自宅で作るのが当たり前の世界だった。
出先で食べるとなると、日本人シェフが腕を振る舞う限られた高級店か、現地人経営による胡散くささ漂う日本食レストランもどきのようなお店で食べるかの選択しかなかった。
ところが、2010年代に突入すると、ストリート上の至る所に持ち帰りもできるようなお気軽な日本食料理店が頭角をあらわし始めた。
本格的な日本食料理店に行かずとも、スシやドンブリを、まるでバーガーやサンドウィッチを買うようにお手軽に食する事ができるようになってきたのである。
ストリートでふらり立ち寄りファストフードのようにお店で食したり、持ち帰ったり、時に歩きながら食べたりと、我々在英邦人にとっての和食の存在、その概念そのものを覆すようなスタイルへと、変化していくのであった。
同時に、ラーメン、うどんなどの専門店も増えてゆき、ロンドンの中心地には至る所に日本食の看板が目につくようになり、街の景色も’10年代以降から急激に変わっていった。
しかし、お寿司やカレー、丼などを扱い、ファストフード的な雰囲気を醸し出す日本食料理店の多くは、現地ロンドナーによる経営店舗がほとんどだ。
私自身は、そんな店でも「美味しい」と感じる。しかし、日本からの出張者や旅行者がふとお米が恋しくなってそれらの店に駆け込んでも、満足いくものではないという。
日本のシェフ、寿司職人などが勤める本格日本料理店は、ロンドンにいることを忘れるくらいに素晴らしい料理を提供して頂ける。しかし、そういった店は、庶民の私にとってはお祝い事や特別収入がない限りは向かうことができない。
それらの本格料理店や本場日本にある店と比べてしまえば、お手軽価格の和食店の味が劣るのも仕方ないのかもしれない。
しかし、それらの(一般的に微妙と言われがちな)現地ロンドナー経営の和食店も、今や、侮れない。
ずばり、美味しいのだ。
時は2020年に突入しようとしているのだ。ひと頃とは比べ物にならないくらいに、その味は変化している。
本格的な和食と呼んでも全く問題ないほどに美味しい和食を、お気軽な価格で食べることが出来るようになってきた今、時代は変わったのだと改めて実感してしまう。
私が「日本で食べる味と大差ない夢のカツカレー」を見つけた店も、実は日本人経営の店ではない。
だが、毎日通いたいほどに驚きの美味さなのである。
しかし、頻繁にその店に通うには少し難しい。
ただ、テイクアウェイしたいだけなのに、なかなか難しい。
節約という意味もあるが、一番の理由は、その店の強気な経営時間にも関係している。
その店については、あとで改めて語りたいと思う。
時には日本食もテイクアウェイしたい時だってある。
テイクアウェイとは、「持ち帰り」のことである。テイクアウト、とは言わないので注意したい。
まだまだ和食が気軽に持ち帰ることができる店には当たり外れもあるが、そんな中で、ロンドンで美味しい持ち帰りできるカレーが気軽に購入できる店を見つけることができたのは、本当に嬉しい。
その店は、随分前から気になっていた日本食店だ。
場所は、ボンドストリート駅の近く、とだけ書かせて頂く。ここでは、カルチャー雑談ということでご容赦いただければ幸いに思う。
その店に飛び込むまでには、そこそこの時間がかかってしまった。店を見つけてから実際に入るまでに、半年以上の時間を要してしまったのだ。
最初にその店を発見したのは、18時から20時くらいの時間に仕事を終える事が多かった時期だ。
帰路の途中で(面倒だから今日は何か買って帰ろう!)なんて思う時があっても、その店が目に留まる事はなかった。
あるとき、まだ薄明るい夕方頃に私はその店の周辺を通る機会があった。その時に「Japanese Bento(弁当)」と書かれていたその店を発見したのだ。
読んで字の如く、ここは日本食に間違いない、そう思った私は興味を持ったものの、あいにく店は閉まっていた。
(まだ開店してない新しい店なのかな。それとも今日はお休みなのか。)
その時は単純にそう思った私だったが、弁当と書かれているからにはテイクアウェイができるのだろうと思い、時々その店へ向かうことにした。
しかし、仕事が終わり18時から20時頃の時間帯に立ち寄っても、いつも必ず閉まっている。これまでも店の明かりが灯ってないゆえに見つけられなかったのだろう、そう私は気づいた。
それでも私は「たまたま休みなんだろう。次こそは!」と思って再び訪れた。しかし、やはりいつも閉まっているのだ。
18時以降なんて、飲食店なら稼ぎどきのはず。とても不思議に思った。
いつ訪れても店の明かりは消えている。しかし、店が潰れているような様子でもない。
私は、店の窓に貼られている店舗情報をスマホのライトで照らし、立ち止まって読んでみることにした。
そこに書かれていたのは、営業時間は「月曜から金曜の昼12時から夕方4時まで」という内容だった。
なんということか。
週末、さらに夜もやっていないという。
その店は目抜き通り近くに位置し、周りにはお洒落な雑貨屋やデザイナーズの路面店等もあって、ロケーションはなかなかのもの。
この立地に店を構え、この営業時間だけで商売が成り立つのか等と余計な心配が働く。
そこで私は、夕方4時頃までに仕事を終えることができる日には、意識的にその店の前を通るようにした。確かに店は営業しているようだ。
恐る恐る店内を覗いてみると、狭い店内にはアジア風ルックスの従業員が1人だけキャッシュカウンターに立っていた。
店内に置かれた数少ないテーブルにはいつも1人か2人、明らかに日本人ではないカスタマー達が、重箱風に仕立てたベントーボックスをチョップスティックでつついている。
店内を覗いた私は、さらにこの店の経営状態が心配になった。
明らかに閑散としている店内を見て、偏見ながらも提供する料理の味に問題はないのかと不安を覚えた。
ここに飛び込むには、まさに挑戦という言葉がふさわしい。
推定、5.8ポンドから9ポンドくらいであろう1品を食すチャレンジをするか。もしくは、そのための10ポンドで食材数日分を購入するか。
いつも迷いながらも、地道に食材を買う方を選んでしまう私であったが、なぜかいつまでも心惹かれるものがこの店にはある。
なぜ、この店はいつも営業しているのか。いや、営業できているのか。
実は何かとんでもない秘密があるのではないか。それとも、間も無く赤字で店はなくなってしまうなんて事もあるのだろうか。
私は、自分が後悔しないためにも思い切って店に入ってみる事にした。
とにかく、メニューに迷えば、一番安いものをテイクアウェイして、家で足らない味を付け足せばいいのだ、そう自分に言い聞かせてその店に飛び込んだ。
(次ページへつづく)