『イギリス・ロンドンで出会うカツカレー』〜チキン・カァツゥ・キャアリィーを求めて〜 (つづき:第2頁)
ある日の午後3時頃。その挑戦は決行された。
ランチにもディナーにも中途半端な時間ではあるが、その店の営業時間である12時〜16時という限られた時間内に、その決行日に立ち寄るにはその時間しかなかった。
まあ、おやつと考えて気軽に立ち寄れば良いだろう。
しばらくウインドゥから店内を覗き込んでいた私に向かって、店の中にいた女性スタッフが「Hiya!」と、笑顔で声をかけてきた。
日本人にも見えるアジア風ルックスの従業員だったが、どうやら中国人らしい。
ここで少しホッとする私もいた。
日本人経営ではなさそうな日本食料理店のスタッフに在英邦人がいると、オーダーする言語に少し迷ってしまう。
日本人に英語でオーダーするのは意味不明だ。しかし、日本人だと決めつけて当たり前のように日本語でオーダーするのも、この英語圏の地でいささか横柄ではないだろうか。
だって、その人が日本人であるとは限らない。日本人に見えるアジア圏の他の国の人かもしれない。
しかし、英語でオーダーして「あ、日本語でいいですよ」なんて言われると、ちょっと頬がぽっと赤くなる。
微妙な心境だ。
くだらない迷いではあるが、海外在住の日本人ならなんとなくそのニュアンスがわかるかと思う。
「同じ日本人なら顔を見ればわかるでしょう?」と、皆さんは不思議に思うかもしれない。でも、見た目で100%完璧にわかるとも言い切れないものなのである。
現地暮らしの日本人の中には、日本人らしさを保ってるファッションや見た目の方もいれば、私のように「明らかに日本のトレンドからはズレてるよね」というタイプの在英邦人もいる。
後者の場合は、顔形がまるきり日本人に見えても(日本人でいいのかナ?)と、やはり声を掛けるにも少し迷ってしまう。
実際に私も、日本の方から英語で話しかけられたことがある。そのほかに、タイ人をはじめアジア諸国の方から、現地語で話しかけられた事もある。
私自身も、相手が旅行客が日本人なのかアジアの別の国の人なのか分かりにくい時もある。
日本のリアルタイムに触れてないと、ファッションやヘアスタイルで相手が日本人であることを見抜く事が徐々に難しくなってゆくのだ。
例えば、冬の時期にロンドンに訪れる日本人旅行客は、必ず足首近くまであるロングダウンジャケット(主に黒が多い)を着て、ブーツを履いている人が多い。
これは、「ロンドンは北の方にあるから日本より寒いよ!」と、周囲がやたら言及するからそうなってしまうのである。足首まで行かずとも、必ずお尻は隠れる長さを選ぶだろう。
実際には(体感的には)日本の冬とあまり変わらないので構えるほどの差はない。そして、イギリス人でロングのダウンジャケットを着ている人を見ることは、滅多にない。そのため、ロングダウンを着て歩く2人以上の集団がいたら、まず、日本からの旅行客だと分かる。
ロンドンにファッションのトレンドはあまり関係ない。皆が皆、好きなものを好き勝手に着ている。洋服のデザインだけでなく、8月の肌寒い日にダウンジャケットを着ている人もいるし、2月にTシャツで歩いている人もいる。なので、どんな格好でも気にせず旅行してほしいと思う。
しかし、ロングダウンジャケットはなぜか圧倒的に旅行者に多いので、これはやはり、前述に伝えた通りに「情報」によるものだと思う。
「冬のイギリスはとにかく寒い。できるだけ足元まで隠れる軽めのコートを!」なんて、皆が皆揃って定型文的なアドバイス提供しているんじゃないかと思う時がある。そのおかげで、冬は通りすがりでも相手が日本人だと見抜きやすい。
しかし、冬以外の季節は、年々見分けが難しくなっていく。
昔であれば、夏だろうが冬だろうが「あっ、あのファッションは日本人だ」と、ロンドンの路上で歩く人を遠巻きから見てもビビビッと、母国の人であることが分かったものなのに、今は結構難しい。それは、日本でK-popが流行ったことが大いに関係しているのだろうと感じる。
ある時を境に、日本と韓国からの旅行客のファッションの見分けがつかなくなった時があったのだ。おそらく、その頃からメイクやファッションがポピュラーになってきたのではないかと想像する。
もちろん、立ち止まって顔を見ると日本人とわかるのだが、これがメイクまで同じになって来るとなかなかハードだ。
逆を言えば私自身も、同じ日本人の旅行客の方から恐る恐る見分けられていたということだと思う。
私は以前に、日本の友達と六本木のカフェでお茶をしていたときに、お店の店員さんに「お客様って、いま、絶対日本にいませんよね?」と聞かれたことがある。
「どうしてわかるんですか!?」と質問したところ、いや普通にわかりますよと店員さんは笑顔になり、「その髪型と豹柄は、日本にはいませんよ。」と、にこやかに続けた。そして、「あと、日本人はもっとビッグサイズ服を着てますから。」とも教えてくださった。大変ありがたい情報だ。
環境は本人の外見にまで影響を与えるものだなあと思う。
さて、お店の話しに戻ろう。
この店は外国人経営の日本レストランだ。
つまり、スタッフには英語使用が必須の日本食料理店。
私は「初めて来店するのでメニューをゆっくり見せて下さい」とそのスタッフに伝え、まずはメニューをじっくり拝見する事にした。
私はメニューマニアだ。この世で一番至福の時間は、メニューを眺め妄想する時間である。
メニューは何部門かに分かれているようだ。
ドンブリ部門、ヌードル部門、ベントー部門、そしてマテリアル部門があり、最後に「Other」とあった。最後のOtherは「その他・各種」ということで受け取ろう。
まず、ドンブリ部門。
スイートサワーチキン、スパイシーチキン、テリヤキチキン、チキンカレー、チキンカツカレー、ベジタブルカレー、等。なるほど。
ヌードル部門。
チキンヌードル、シーフードヌードル、ベジタブルヌードル、等。
スープはミソ風、醤油風、タイ風グリーンカレースープと選べるようだ。
マテリアル部門は、ミソスープ、キムチ、エダマメ、ワカメのサラダ等。
ベントー部門。
握り鮨の詰め合わせ他、書かれているメニューは上記のメニューとさほど変わらない。
どうやら、上記の食事メニューが「重箱風のベントー」に詰められているものを「ベントー」と呼ぶらしい。この店の料理をテイクアウェイすれば、それは全て「ベントー」となるということなのだろうか?
店内で食事しているお客さんたちを見ると、重箱風のBOXで食事している人と、そうでない器で食べている人といる。
どうやらベントー部門は、器だけの違いらしい。「日本のお弁当の雰囲気」を楽しみたい人が、あえてベントー仕様で頼むようだ。
しかし、メニューが他に書かれているものと同じなのであれば、料理を注文した後に「ベントーBOXプリーズ」と言えばいいのでは、と思うけど、まあ、余計なお世話か。
各種部門。
これはどうやら大きな意味はないらしい。書かれているだけのようだ。
もしかしたら、グリーンカレースープにスパイシーチキンを添えて、なんて、ワガママなオーダーに応じてくれるという意味なのかもしれない。
メニューを一通り見た私は、深く考え込んだ。
いろいろあるのだが、なんだか魅惑度の低い、日本で見慣れたメニューに、チャイニーズのテイクアウェイにあるようなメニューを加えたようなものだ。
一言で言うと、微妙、という言葉が適切だ。
ロンドナーの発想ならではの、一風変わった感じの創作和食なら、ある意味そそられるものがある。
しかし、日本で見慣れた日本の定番メニューであれば、日本人経営の店に行った方が確実に美味しいに決まっている。
チャイニーズのテイクアウェイにあるメニューであれば、チャイニーズの食べながら歩きをしたほうが有意義な時間を過ごせる。
(やっぱり、注文せずに帰ろう)
そう思い、私がメニューから目をはなし、その場から去ろうとした瞬間の事であった。
白髪の背の高い、いかにも英国紳士風のおじさまが店に現われた。
その英国紳士は、カウンター後ろの上部に掲げられているメニューをしばらく眺めていた。
「Hiya!Take away or here?(持ち帰り?それともここで?)」(スタッフ)
女性スタッフは、なかなか注文が決まらず帰ろうとする雰囲気の私をスルーし、その素敵な紳士に向かって元気よく声をかけた。
「ああ、テイクアウェイで頼むよ。ええと・・・チキン・カァツゥキャアリィー、プリーズ。」(男性)
その男性は流暢なブリティッシュアクセントで、カツカレーをオーダーした。
(注文は、チキン・カツカレーか。なるほど、次回の参考にしよう。)
こっそりオーダーの内容をチェックした私は、レジカウンターをくるりと背にした。
そして、店のドア方向へと体を向けた私の前に、今度は若いビジネスマンが二人現われ、メニューを眺めながらオーダーを始めた。
「ええと・・・そうだな、とにかくチキン・カァツゥキャアリィーかな。」(ビジネスマン1)
「僕も、チキン・カァツゥキャアリーで。二人とも持ち帰りでね。」(ビジネスマン2)
驚くことに、英国紳士に続き、そのビジネスマン2人もチキン・カツカレーをテイクアウェイでオーダーしたのである。
私は、出口方向へと体を向けて引っ込みがつかないまま、レジカウンターの横で呆然と立ち止まっていた。
頭の中には今、(チキン・カァツゥキャアリィー)というワードが、ぐるぐると駆けめぐっている。
すると、今度は金髪のイタリアン・アクセントで喋るお姉さんが現われた。
「Hiya!チキン・キャアツゥ・カァルィィイー、プリーズ!持ち帰りで。あっ、ライスじゃなく、ヌードルでお願いね!」
なんと。
皆がチキン・カァツゥキャアリィーを持ち帰って食べようと言う魂胆なのである。
しかも、そのイタリアンお姉さんは、カツカレーをヌードルでオーダーしている。
これは新しい。
そうか、これがメニューにあった「Other」なる部門なのか。
「ヘイ、そこのあなた!注文は決まった?」(スタッフ)
レジカウンター近くで呆然と突っ立ってる私へ向かって、女性スタッフが再びオーダーを訊ねてきた。
「・・・チキン・カツキャァリィィー、プリーズ。」(私)
私は、チキンカツカレーを注文した。
(次ページへつづく)