『イギリス・ロンドンで出会うカツカレー』〜チキン・カァツゥ・キャアリィーを求めて〜 (つづき:第3頁)

 

ロンドナー達が皆、こぞってテイクアウェイでチキンカレーをオーダーしている。

ここでチキンカツカレーを頼む以外に、他にどんな選択肢があるというのか。

 

午後3時もとうに回り、閉店まで1時間を切っているが、まだ客が途絶えそうな雰囲気はない。もしかしたら、閉店ギリギリまでまだまだカツカレー信者が訪れるのではないか。

私の鼓動はドキドキと高鳴っていた。

 

「Stay here, or take away?(ここで食べるの?持って帰る?)」(スタッフ)

 

周りに感化されてチキンカツカレーをオーダーした私へ向かって、スタッフのお姉さんの問いかけた。

私はすかさず「ここで食べる」と答えた。皆がテイクアウェイする中での裏切り行為なのかもしれないが、この店でカレーを頼む人がまだ訪れるかもしれないという期待を抱えたまま、店を出るわけにはいかない。

 

「じゃあ、このナンバープレートを持って、その列に並んで番号を呼ぶまで待っていてね」(スタッフ)

 

女性スタッフから番号札を渡された私は、「カツカレーを待つ列」に並んだのであった。店内で食べるからと言って、テーブルまで運んでくれるわけではない。いわゆるファストフードスタイルだ。

 

チキンカツカレーを待つ列に並んだ私の後にも、ぽつりぽつりとはいえ、テイクアウェイ客はあとをたたない。

 

私の直後に入店してオーダーし、ワクワクした顔でカツカレーを待つ列でその順番を待っていたのは、インド帽を被った、インド系イギリス人男性だった。

その彼が頼んだメニューもやはり、チキンカツカレーだった。そして、追加で「ライス大盛り」を頼んでいた。

 

インド帽を被った方が和風カレーを注文する姿を見ると、なぜか恐縮してしまう。

いわばカレーの本場の方だ。家に持って帰ってナンをつけるわけでもない。日本米を大盛りで頼んでいるのだ。

行儀よくチキンカツカレーを待っているそのインド系イギリス人の姿を見ていると、微笑ましく感じ、私は日本人であることを誇りに思った。

 

イギリス人は並ぶのが大好きだ。

セルフ系の店でオーダーした料理を待つ他、レジ付近やチケット売り場、パブやクラブでの入り口付近、エスカレーターやトイレなど、どんなシチュエーションでも奇麗に列を作って並ぶ。

勿論横入りは許されない。

 

そして、ここにまたひとつ、新たな列の伝説ができた。そう、チキン・カツカレーを待つ列だ。

そして私は今、この列に並んでいる。

 

 

しばらくすると、オーダーした料理が次々と出来上がっていった。

 

「Number 39!」

「Number 40 please!」

「・・・41!」

「Number・・・・42!」

 

先ほどから1人でオーダーをさばいていたのと同じ女性スタッフが、今度はオーダーが出来上がった番号を威勢良く順に読み上げていく。

 

実際には、皆がチキンカツカレーだから出来上がっているのは同時刻のようで、順番に番号を呼んでるだけだった。

あえて番号を呼ばずとも、前から順番に渡せばいいじゃあないか、とも少し思った。

イギリス人は、それくらい列を乱さない。

 

 

さて、念願の噂のチキン・カァツゥキャアリィー。

一口食べて感動ものだ。これは、驚きの美味さである。

この味ならば、日本の有名西洋料理店などで出されてもおかしくはない。

 

日本独特のカツをニッポンのカレーにどっしりと乗せた、カツカレー。

 

宗教的な問題で豚カツをのせるのは難しい。それもあってのチキンカツではあるが、チキンこそ、イギリス人たちがこよなく愛するお肉であることも確かだ。

日本独特のカレーの味と共に、イギリスの地で愛されることとなった「チキン・カツカレー」。

 

このカレーは、イギリスで最も身近な料理である、インドカレーのティカマサラ味に少しマンネリを感じていたイギリス人達を、ついに虜にしたのである。

 

日本のカレーが食べられる店は他にも沢山あり、味もそこそこ美味しい。

だが、この店のカツカレーは「ここはイギリス?」と疑ってしまうほど美味しかった。

見事に日本の味そのものだった。

 

日本人が「これぞ母国の懐かしい味」と心から感じた日本のカレー。そのカレーをイギリス人たちが愛してくれているというのが、たまらなく嬉しく思う。

 

店内に飛び交うチキンカツカレーの声を聞き、私はその人気を感じると同時にあることにも気づいた。

 

最初に話した通り、この店は平日の12時から16時までという大変短い営業時間ゆえ、私も入店に至るまでの経緯がとても長くなってしまった。

しかし、この店はチキン・カァツゥ・キャアリィーのテイクアウェイの売り上げが驚くべき利益を上げるため、一日4時間という強気な営業時間でも成り立っているのだ。

 

スシ、ミソスープ、エダマメ等に代表される日本料理流行りのイギリス。ラーメン、うどんに続き、新たにメイジャーの仲間入りを果たしたニッポンのカレー。

この和食ブームはまだまだ続きそうだ。

彼らは今後、更に肥えた日本の舌を持つことだろう。

 

1人カウンターを切り盛りする女性スタッフの後ろを見ると、そこには注文した料理が出てくる小窓があった。

あの壁の向こうでは、給食センターのような大きな鍋の中に入った4時間分の大量のカレーを、汗を垂らしながら絶えずかき混ぜている人が一人いるんだろう。

その奥には、日本人シェフがいるのかもしれない。もしくはイギリス人シェフがこの味を出してるのかもしれない。

しかし、そこにインド帽を被ったシェフがいたら、それはそれで面白い。

 

いろんな想像力を掻き立ててしまうロンドンという街は、本当に愉快だ。

 

驚くべき美味しさのチキンカツカレーに満足した私だが、この一回限りの体験でこの店を過剰評価するのもどうかとも考えた。

更に事実関係を調査するべく、今度は別の日に、しかも13時というイギリスのピークなランチタイムにこの店へ立ち寄る事にした。

 

日本では昼食の時間というのは11時半頃から13時頃までが一般的だ。

しかし、イギリスではその時間帯の後こそが、一般的なランチタイムである。具体的に言うと13時頃から14時半頃までがポピュラーな通常のランチタイムだ。

 

12時半にレストランに入っても余裕を持って席に着ける。しかし、13時半頃となるとまさに戦場、椅子取りゲームとなる。

 

そんなランチ時間の真っ只中に、私がその店で見た光景は、狭っ苦しい店内に尋常ではない人の数、数、数。まさに鮨詰め状態と言える、イギリスのビジネスマンによる長蛇の列であった。

 

すでにこの店を経験済みの者から見れば、その皆がチキンカツカレーを求めてやってきているのだろうと想像できる。

 

前回に訪れた時はランチのピークタイムを過ぎてたせいもあり、1人の女性スタッフしか店内にはいなかったが、流石にランチタイムのレジカウンターは3人体制になっていた。

 

以前に対応してくれたアジア人女性ほか、一見やる気のなさそうにも見えるギャル風メイクの白人姉さん2人が加わり、3人がカウンターの中に立っていた。

驚いたのは、ありえないほどの手際のよい対応でその長蛇の列のカスタマーを余裕の顔でさばいていることである。

 

彼女らの素早い対応で、混雑する店内ではスムーズにお客様が回転している。

そして、その列に便乗した私も、長く待つ事なくオーダーの順番をむかえることができた。

 

第一声で私はチキン・カツカレーを注文した。

しかし、その直後に(今回は、他のメニューを頼むべきでは?)と、心変わりをしてしまい、慌ててメニューの訂正をお願いした。

しかし、この混雑時だ。鬱陶しいと思われるに違いない。

 

「ごめんなさい。やっぱりカツカレーではなく、ヌードルにしていいでしょうか?」

 

私は恐る恐る、ギャル風メイクのスタッフに訊ねた。

この案は、以前にイタリア系の女性がチキンカツカレーをヌードルで頼んでいた事を思い出したため、浮かんできたものだ。

しかし、目の前のお姉さんの風貌はちょっと怖そうな感じにも見える。不機嫌な顔をされたらどうしよう。私はドキドキしながらメニュー変更を願い出た。

 

ショップあるあるだが、一度レジを打ってしまうと訂正処理が必要になる。

しかし、レジ担当によっては、訂正のやり方やその場の対処などが分からず冷や汗を垂らすこともあるのではないかと思う。

そんな場合は、奥から先輩らしき人が出てきて、訂正処理を始める。つまり、ちょっとだけ時間を要してしまう。

こんな時、間違えてしまった客側の自分としても申し訳ない想いになるし、ショップ側も気を遣う挙句に二度手間となる。客もショップ側もお互い微妙な空気になるものだ。

 

そんな私の不安をよそに、ギャル風メイクのスタッフは動じることもなく、余裕の顔で対応した。

 

「オウケイ!(ピピッ)」

 

と、そんなふうに数秒でレジ訂正をし、新たにオーダーした料理を打ち込んだのだ。さすが、カツカレー長蛇の列を日々こなしているだけのことはある。

そして、そのギャル風メイクのスタッフは笑いながらこう言った。

 

「うちは、カツカレー以外のメニューも美味しいのよ。あなたのメニュー変更はベストなアイデアね!(ニコッ)」

 

満面の笑みで私に語りかけるそのスタッフを見た私は、これぞ接客の神だ、そう心で呟いた。

 

一瞬でも、いや、この店に入ってからこの瞬間まで、その見た目だけで(怖そう)とずっとスタッフのお姉さんを見ていた自分を心から反省した。

どうして人間は、瞬間的な見た目で判断してしまうものなのだろうか。愚かな話しである。

 

カツカレー伝説のみならず、大事なことをこの店は私に教えてくれたのだ。

 

 

ロンドンの接客を舐めてはいけない。

飲食店は戦場だ。本当に大変な気力と体力を使う仕事だと思う。そんな中で、笑顔を振りまいて接客する飲食店のスタッフにはいつも頭が下がるばかりだ。

しかし、人間だもの。混雑時には、うっかり疲れた顔を見せてしまうことだって、当然あるだろう。

でも、このカツカレー大繁盛の店のスタッフたちは、カツカレーが売れる数だけの笑顔を振りまいている。

 

この店は、チキン・カツカレー作りに命をかけているだけではない。

 

仕事でストレスを抱えたイギリス人達が、混雑するランチタイムに列を作って待つ・・・という、さらに抱えてしまいがちな小さなストレスを、回転率の早さで解消している。

その効率の良さは、スタッフのスキルの高さであり、それは上の良さ、いわば経営者の良さを表している。

 

そして美味しい料理だけでなく、笑顔で心のオアシスにもなってくれる。

 

私は、和食に限らず、この店のように素敵な飲食店に出会うたび、本当にありがたいという思いにかられて目頭が熱くなってくる。

涙がちょちょぎれそうになる。

 

そんな店があるかぎり、私は飲食店に通い続けるだろう。

ステイ、もしくはテイクアウェイで。持ち帰るのかその店で頂くのか、それはその時次第だが、その料理だけが目当てでお店に行くのではない。

そこにいる人たちに会いたいから、私たちはその飲食店へと向かうのだ。

 

今日食べれる幸せ。明日食べれる幸せ。食事ができるとは幸せなこと。

カツカレーに限らず、料理は人を幸せにする。

 

 

イギリス人にとって、切っても切れない程深い仲の料理、それがカレー。

イギリス人たちに訊ねると、必ず「好きな料理のベスト5」に入っているカレー。

彼らが長く慣れ親しんだ、インドカレーやイギリス生まれのティカマサラ味以外に、またひとつ、イギリスのカレーの歴史に新たな味が加わった。

 

彼らが出会った、ほっこりと暖かい味。

そう、「日本のカレー」である。

 

我々日本人にとっても、カレーを一口食べるたびに浮かぶのは、子供の頃のあの風景。

 

家族や友達との食事会の思い出、優しい記憶が蘇る料理のその味は、また次の世代へと受け継がれ、子どもたちがまた新しい思い出を抱くようになる。それがカレーだ。

 

カツカレーによって、また深く結ばれた日本とイギリスの食文化の絆。

今後もこの味がイギリス、そして全世界へと広がっていく事を願うと共に、日本以外で日本の懐かしい味が食べることのできる時代に、心から感謝をしたいと思う。

 

今宵の夕飯は家族でカレーを食べよう。

 

カツカレー

明日が勝負と作る母

思い敗れし 次の夜も食う

 

(おわり)

 

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