ロックってもう流行らないのかな。

いや、ロックンロールは生きている。そしてロックそのもののカタチが復活してほしい。

 

今、この曲👇を聞いてたんです。

それでふと、うーん、と考えてしまいました。

 


“Rock And Roll Is Dead”
[https://youtu.be/pLU46XA9VoQ]
©︎Lenny Kravitz [Youtube]https://www.youtube.com/user/lennykravitz/channels

 

おお・・・

 

このお方は、懐かしのあのお方!

 

レノンとLed ZeppelinとJBがミックスされたようなサウンドに、カーティスのテイストを織り交ぜて、スライの雰囲気すら醸し出し、ギターをかき鳴らすその姿はジミー様、はたまたプリンスをも彷彿させる。クラシックロックの再来とも言われた、彼・・・

レニークラヴィッツこと、「レニクラ」。おお!

 

この↑(動画アートの)アルバム4作品目から、気持ち程度サウンド変化が見られ、さらに5作目では打ち込みをやっちゃったもんだから、古くからのリスナーからは賛否があったような、なかったような・・・

3枚目で驚異の世界的なヒットを成し遂げ、世が待ちに待った4枚目のリリース、5枚目ではグラミーの彼ですから、それこそ冒頭動画曲含む4作品以降こそが、まさにレニーのメイジャー活動全盛期と言えますし、現代に至るまでずっとクールなレニー様ではありますが・・・

 

やはり「レニクラ」といえば、1枚目~3枚目。この初期3枚は衝撃というべきか。まさに黄金期でしょう。というのが個人の趣味の上での意見です。

 

サンプリングでお馴染みの名曲も含まれている2枚目は、音楽好きにとっても名盤と呼べる完成度の高い作品。一般大衆的にはロック色の強い3枚目もしっくり来るし。

でも、ヴィンテージ臭が明瞭なアナログ感が好きなら1枚目ですかね。

女性で例えると、キャロルキングか五輪真弓さんのデビュー作品か!という感じの衝撃に近い、クラシック感と生音感と深い魂が感じられるものだと思います。

 

デビューアルバムの、冒頭1曲目、Sittin’ on Top of the Worldの「コン、コン、コン(ギター本体を叩くリズム音)・・・ジャーン、ジャンジャジャーン(ストロミング音)」を聞いた瞬間、「ハッ!✨」とそのイントロに惹きつけられ・・・

そして、歌い出しのレニーの・・・あの何とも言えない鼻にかかったような声で「Sittin on Top of the world…♪🎙」と歌い、二度目の「Sittin’ on top of the World…(うぁ~ああああるど)」と、worldの箇所でひっくり返ったような声を出した瞬間・・・衝撃を受けましたわ!いや、これはまさにソウルでしょう!と。

 

全部わかってくれた人、アリガトね。

 

1枚目はシンプルにストレートな叫びを歌う、クラシックロック(レノンにインフルされた感じ)、2枚目はソウル、モータウンを彷彿させるブラックテイストとの融合、3枚目はツェッペリン感あふれるハード・ロック全開、っていう解釈もありましたが、うん、そんな感じですよね!

 

でも、この3枚はまさに統一されている世界観があるようにも思えます。

全ての楽器をこなして単独で録音できるソロアーティストというスタイルも、レニーのカリスマティックなキャラクターに一役かっていた。

 

今でこそ、「マルチプレイヤー」の単独録音もよく聞く話しで、私の周囲にもエットレさんとかネロくん以外にも、沢山いる。楽器全部ひとりでやっちゃって、ミックスからマスタリングまでしちゃうという多才な方!一般的にも多くなりましたよね。

 

ちなみに、私個人の解釈ではマルチプレイヤーは「オール打ち込み」は含まないと思う。(もちろん昨今よくあるAuto機能みたいなのは論外)

打ち込みも才能なので、作曲家や編曲家であるには違いないが、やっぱり「全部の楽器を弾ける」のと「全部の楽器の音色を扱える・編曲できる」というところには良くも悪くも差別化があった方がいいかなと思う。だって、打ち込みもマルチプレイヤーと呼んでしまうと、今の時代ほとんどの音楽好きの人の全員がマルチプレイヤーということになってしまう。プレイヤーというだけにやはり、演奏をできることが前提かなと・・・余談でござんした。

 

マルチプレイヤーやオールパートの打ち込みなども含め、それらが素晴らしい才能なのは今も昔も変わりませんが、レニーのデビュー当時の時代だと現代よりもかなり驚く感じだったのではないかしら?と。知らんけど。

 

レニーさんの特徴としては、アナログ機材マニア、ヴィンテージ好きであり、楽器演奏を録音する際、ドラムやアコギの前に直接マイク立てて生音を拾うという形式でレコーディングするほどの、アナログサウンドにこだわりがある・・・なんて話しもありましたよね。

それがまたカッコイイ、と。改めて生音の良さを認識させた人ではないかと。

 

ブリブリのファンクが溢れた70年代がディスコサウンドに侵食され突入した80年。現代ポップスの基盤とも言えるポップやヒップホップ、ダンス音楽が溢れる(日本ではバブル?)華やかな80年代の最後に現れ、90年代の幕開けをアナログ感あふれる生粋ロックで飾ったお方。重い生音感も激動の時代の始まりという感じ。

日本の歴史的バンドブームといえば、80年代後半。絶頂期はズバリ89年ですよね。

色々マッチなレニーさん。時代にハマるのも才能。

 

 

現代は、コンピューター(あえてこの表現)の前に座り、楽器を演奏して歌い、多重録音も編集も自由に個人でできるわけですが、当時に単独録音をしようとすると、そうそう簡単には環境が許さないというのもあったと思いますし、そう考えると完全なる単独録音をデビューアルバムに入れちゃってるのは結構すごい。

 

それを言えば、初期ビートルズや、70年代、60年代、それ以前のミュージシャンは、「一斉のせ!」で楽器も歌も一発録音してたわけだし、我が母国の天才歌手、美空ひばりさんも常にワンテイクでパーフェクトという伝説も耳にしますし・・・と、言い始めたら身も蓋もありませんが。

物が少ない時代の中でこそ発揮される才能や、生み出されるパワーというのは、凄いですね。

 

でも、現代には現代の、進化した素晴らしさがある。

ありとあらゆるメロディーや手法が出尽くした現代でも、重厚で素晴らしい曲はどんどんと出ているわけで・・・

 

素人とプロの境界線がもはやないほどに、テクノロジーの進化と共に、ミュージシャンのスキルや能力も驚くほど高くなっているし。進化している。

吸収する情報も多く環境も良く、前へ進んでいるからこそであり、凄い事だと思います。

 

でもさ、いちロック好きとしては、ちょっとつまんないんだよね。😶

 

音云々の前に、「バンドやろうぜ!」「ボーカルみつかんねえよ!」「スタジオに彼女連れてくるなよ!」的な小さなやりとりから始まり、ようやく音楽活動をスタートできるというイントロダクションがあったじゃん、一昔前まではね。

そして活動が軌道に乗ったら、狭いバスに乗り込み横断ツアー、対バン、地方営業、メイジャーに至るまでの衝突の数々的な・・・そういう青春ドラマみたいな泥臭い過程。そういうのが今は無いのも、なんかつまんない。

 

今は、そう言うこと(泥臭い過程?)はコンプライアンス的に難しいものも中にはあるかもしれない。(笑)それを置いておいても、今や音作りに仲間は絶対的に必要というわけでなく、自分ひとりで音を重ねちゃえますからね・・

 

音楽ジャンルにもボーダーはなくなってきているので、一概に、ロックだの何だのと分けること自体がナンセンスなんだけども、あえて絞ってしまってごめんね。

 

ロック、というか生音ロックバンドサウンドというのかなあ・・・

例えば3ピースとか4ピースでシンプル構成のいかにも「バンド」って感じのさ。それの最新ヴァージョン、新しい世界(現代の世界)を聞いてみたいなーなんて、思う。

 

それこそ、「レニクラ」のデビュー当初のような感じのスタイルで挑むような若者、いないのだろうかーと。まあ、いないだろうなあ。

 

そういうバンドは現代でもめっちゃ多いと思うんですよね。イギリスにもクラシカルな生粋ロックバンドはいっぱいいるし。(イタリアではあまり見たことないけど)

ただ、埋もれている。というか今の時代はそこにスポットが当たってない。

 

現代でスポット当たってるのは、重ねに重ねたものをさらにミックスでいじって、重ねまくってるのに音が軽くて、とにかく新しくてお洒落でテンポ早めで踊れて格好良く、そしてリスナーが聞いて難易度高いものに聞こえ(のように思えて、その実、そうでもない)、どうだすごいだろ!という綺麗で完璧かつインパクトを見せつけるかのようなサウンド(実際に本人のオリジナル展開なのか生演奏かどうかは知らんが)、そんなイメージ。

そこへ我先にと皆が同じ方向へ向かって競争してるような。んで、とにかくSNSに載せやすいものを頭脳使って戦略的にやってるというかね。

今の音楽って、そういうイメージがある。(個人的な意見です)

 

前述の所謂クラシカルな生粋ロックバンドだと、多分その波には良くも悪くも乗れず「エフ in テクノロジー!」(下品な言葉なので英単語は書けません)なんて言ってそうだからね。

そんで、楽器屋回ってヴィンテージの機材とか探してめっちゃ古いマイクをあえて使って更に録音めっちゃ重くして、我が好みを貫き。結果的にインターネット映えしないサウンドになるというオチだったりとかさ・・・

 

でも、時代が回り回って流行ることもあるかもしれないよね。

昔のバンドサウンドを「いいねえ!」って、聞き直すことは常にあるし、いい曲はいいわけだから。

現代のルーツの元祖であるオリジナル音楽はいつの時代になっても超えることの出来ない素晴らしいもの。新しい世代だってインターネット上で聞いて良いものは良いとわかる。

だから、ロック自体に需要が無くなることは決してない。

 

しかし、今そういう生粋のシンプルなロックサウンドが出ても、きっと焼き回し的な物や再来として捉えられる。ニューカマーがそれ(生粋系のロックサウンド)をやろうとも、それが新しいものとしては捉えられることもないのかと思うと、やっぱり寂しいね。

 

ちなみに、メタルも。

現代のメタルって(メタルにも複数のジャンルが存在するし)、本当に多彩なサウンドで、生音だけの粋にはとどまらず、ビッグで壮大なサウンドや、ポップなテイストが織り交ぜられているよね。すごい改進してるジャンルだと思う。

 

音楽として素晴らしいのは、すごくわかる!

でも、やっぱりちと寂しい。

簡素なメタルもね、たまには聞きたいのサ。ベタなやつ。

ベタベタなゴリゴリのメタル。

 

メタルの仲間と何かトラックを作ったりすると、デモ段階のままの方がシンプルでハードなロッケンロール感が出てて、生音ゴリゴリでいーじゃん!と思うような時がほとんど。

でも、それは時代に合わないというわけなのです。つまり私が時代錯誤。笑

 

生音ゴリゴリなものがミックスすればするほど、音は厚くなっていくのに耳障りは軽くなり、全く別物になるわけです。ゴリゴリどこいった!?

でもね、最終ミックスはやっぱ一番いいんだけどね。(笑)

 

これはロックもポップも同じだけども、重ねていくサウンドが近年はエレクトロ色が強い音が乗せられるので、ミックスをすればするほど軽くなる。メタルも同じ、音は厚くなっていくのに聞こえは軽くなる。ヴォーカルもかなり軽くポップなミックスになるし・・

 

と、言っても、テクノロジーサウンドをアレンジで重ねていくのは、楽器音を重ねていくよりも無限の選択肢であろう中での戦いですから、センスと才能はやっぱり必要。簡単ではないこと。良いアーチストがアレンジすれば音に深みや壮大さ、個性の面白さがあり聞き応えがある。

 

彼らは足すも引くもわかっていてやってるのでどんな形であれども、天才がやればゴリゴリ生だろうが、ポップエレクトロだろうが何やっても聞き応えがあるんですけどね。😅

 

 

つまり、コンクルージョンしますと。

トータルして現代の巷の音楽は本当にサウンドが「壮大」で「色鮮やか」で「緻密」で「クール」。

 

ただ、今の時代はそういうのばっかりだから・・・・

 

バーン!

ジャーン!

はいエンディング!

 

・・・・みたいな、引く所がないような簡素の生バンドサウンドがさ、今やレジェンドとしてしか存在しなくなりつつあるのが、寂しい。

 

冒頭の、レニーのタイトル曲が沁みるねえ。

 

つづく。(←続くんかい)

 

 

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