✏︎エッセイ『ヒゲダンスナイト』全3話

「ヒゲダンスナイト」

第3話《仮面非社交界》

 

 

デイブの職業はジャーナリスト。

しかし、バスキング中の路上で見かけた彼は仕事帰りといった雰囲気でもなかった。

 

「今日は何処に行ってたの?いつもこの駅で見かける事はないけど、取材に来ているのかな。」

通勤で使う駅の場合、同じ時間帯に同じ通行人に会うことは多い。しかし、バスキング中にデイブに遭遇したのは、長い付き合いながらもその時がはじめてだ。

私はデイブにそう伝えた。

「いや、取材なんかじゃないよ。今日は友人と会っていてね、この近くでお笑いの稽古してたんだよ。」

「・・・・・・・お、お笑い?」

 

ジャーナリストだと思っていたデイブ。目の前の彼は「僕はお笑い芸人です」と言う。

もしかするとこのデイブは私が想像するデイブではなく、赤の他人であり、もしや違うデイブなのか。私は再びデイブの顔をまじまじと見た。

「あれ、知らなかったっけ。僕はコメディアンなんだよ。ジャーナリストは生きるためさ!」

聞けば、デイブの本業はコメディアンだという。

以前に気付かなかった一面まで知らされる、これも先の照明効果なのだろうか。

 

いつもパブでは騒いでいたデイブ。

目の前にいるその素の真面目そうなルックスはジャーナリストの片鱗を垣間見せている。

しかし、そんな表向きの表情からは想像もつかなかった。彼の本業はコメディアン。人間、本当に色々だと思った。

 

本来、デイブはコメディアン一本で食べて行きたいそうだが、収入は無きに等しいためジャーナリストとして身を立てているという。

もしもコメディアンだけで生活して行けるのならば、いつジャーナリストを辞めても全く躊躇は無いそうで「それくらいお笑いの世界が好きなんだよ」と、真面目かつ無表情のままで熱く語られてしまった。

 

私もお笑いは大好きだ。嫌いな人なんて世の中にそうそう居ないであろう。誰だって笑いたい。そして、笑わせてくれる存在というものはとても有り難いし、尊敬する。

デイブがコメディアンであると言う発言に大変興味を持った私は、その話題に若干の「嘘」を混ぜて食らいついた。

「お笑い好きなんだね。実は私もコメディアンになりたかったんだよ!」

私はデイブにそう伝えた。こういう、話しを合わせるやついるよね、というようなお決まりの返し台詞でもある。

しかし、その流してくれと言わんばかりの私の台詞にデイブは想像以上に食いついてきた。

「イエー!君もかい!どうやら仲間のようだね!」

コメディアンには憧れるし勉強している人は凄いと思うので尊敬するが、私自身はセンスが全くないのでなりたいと思ったことはない。だから、さっき言ったのは嘘だ。

しかし、英語でつい、そう言ってしまったんだから仕方が無い。しばらく話しを続けるしかない。

私は、口から出まかせの相槌で一人の純粋なイギリス人を騙してしまったのである。

 

その時であった。

デイブは突然両手と肩を上下に揺らし始め、私にこう言った。

「へえ、そっかー、そうなんだ。君もコメディアンを・・・じゃあ、君は日本人だから”こんな事”もやれるの?」

肩を上下に揺らし始めたデイブが真面目な顔して無表情で踊りだしたのは、なんと日本で有名な昭和のお笑い芸術、ヒゲダンスであった。

「僕は好きなんだ。コレ。」

デイブは私へ目配せをしながら、再び両手と肩を上下に揺らし始めた。

その表情は、「お笑い目指してるなら日本人は皆ヒゲダンスを通ってるでしょ?」と言わんばかりであり、彼の瞳はキラキラと輝いていた。

何故イギリス人が、私の前で突然ヒゲダンスを踊り始める必要があるのか、全くナンセンスだ。

 

しかし、ヒゲダンスは素晴らしい芸術だ。

ヒゲダンスで誘惑するデイブは罪だが、ヒゲダンスに罪はない。

「ねえ、Yoko、君もコレ、コレを踊ってたの?」

「コレ」を指すであろう肩を大きく上下に揺らすデイブ。彼の目はますます輝きを増し、キラキラとした瞳の奥で何かを私に訴えている。

「そっか、コレ、デイブも踊れるんだ?」

私はデイブに向かってそう言い返し、まるで彼を煽るかのように負じと自分の両手と肩を大きく上下に揺らし、ヒゲダンスを始めた。いや、始めるしかなかった。

デイブは、さらに肩を動かし喜びを表現した。そして弾むような声で私に言った。

「そうそう、コレ。コレだよ!」

デイブは表情を全く崩さないままヒゲダンスを踊り続けた。

心の中では渋々と付き合いながらも一緒にダンスを続ける私に向かって、

「コレができるなんて、やはりコメディアンを目指していただけあるじゃん!」

そう言ってデイブは私の行為を褒め称えた。

 

しばらく二人で無表情でヒゲダンスを踊り続けていると、デイブは気分が良くなったのか、彼のダンスの動きが更に激しくなっていった。

「・・・あれでしょ、コレ・・・やりながら・・・さ、・・・でさ、剣に・・・投げるんだよな、リンゴかなんかを。」

ヒゲダンスのやりすぎで途中息を乱しながら、途切れ途切れの台詞を私に投げるデイブ。

そして彼はさらに両手と肩を上下に激しく揺らしながら、その片方の手で私に向かってリンゴを投げるような仕草をした。

仕方がないので、私は続けて付き合うことにした。

「そうそう、こうやるんだよ。」

私はそう言いながら「見えない剣」を手に持ち、デイブのエアーリンゴがその剣に刺さるような仕草をして踊り続けた。

 

「ダダダダ~ダッダッダ」

「ダッダッダ、ダダ~」

「ダダダダ~ダッダ~ダ」

「ダッダッダ、ダダ~」

 

私とデイブはテディ・ペンダーグラスの「Do me」を二人で交互に歌いながら、しばらくの間ヒゲダンスを夢中になって踊り狂った。

踊り狂うといってもなんのこともない、ただ、両手と両肩を上下に激しく揺らし続けているだけである。もちろん、私の肩からはギターがぶら下がったままだ。

 

グリーンパーク駅構内を歩く通行人達は、バスキングピッチで謎のダンスを無表情で踊り続ける私たちを不思議そうに見ていたが、時すでに遅し、走り始めた私たちはそれを止めることはできなかった。

こうなったらバスキングどころではない。今宵はエアーヒゲダンスを思う存分楽しもう。

私は強く決意し、踊りながらも肩にかかったギターストラップを外そうと試み始めた。

その矢先だった。

「いやあ、楽しかったよ。また。」

デイブは淡々とした流暢な英語でそう言うと、ヒゲダンスを踊り続ける私を残し、颯爽とバスキングピッチを去っていった。

ひとり残された私は、肩のストレッチをするフリをして中途半端になったその動きを誤魔化そうとしたが、残された私を哀れな目で見ていた通行人の姿を私は忘れない。

 

再びバスキングを再開したが、私の頭の中には「Do me」の数小節が延々とループされていて、演奏どころではなかった。

それどころか、演奏のリズムを全て肩で上下に取ってしまうまでにヒゲダンスに侵されていたのだ。

 

この時のバスキングは、ヒゲダンスに始まりヒゲダンスに終わった。

 

翌日、デイブからテキストメッセージが届いた。

その内容は、デイブのお笑いライブに招待してくれると言うものであった。

デイブは「コメディアンを目指す君にとって、勉強になるだろう」と私に伝えた。

 

後日、私はそのお笑いライブに足を運んだ。

その時に、あれは私の口から出任せでお笑いは好きだがコメディアンの勉強はしていないと伝え、英語で説明するのが面倒でついコメディアンを目指していると話しを合わせてしまったことを説明し、嘘をついた事を詫びた。

デイブは私に向かって、

「そっか、残念だな。君、向いてると思ったのに。」

そう言うと、しょんぼりと肩を落とした。

普段から無表情なのでそれが落ち込んでいるのかどうかわからなかったが、デイブはきっと「ヒゲダンスの友」が欲しかったのではないかと私は察した。

私はデイブに向かってこう言った。

「でも、ヒゲダンスを踊るときは付き合うよ!私、お笑い大好きだし、ヒゲダンス大好きだから!」

デイブは顔を上げ、ほんと?じゃあまた踊ろう!と笑い、続けてこう言った。

「じゃあ、次回、あのジャズバーで踊ろう。僕たちのヒゲダンスを。」

それは勘弁してほしい、私はデイブに伝えた。

 

さて、デイブのお笑いライブについてだが、これがなかなか面白かった。

しかし、英語面でのハードルは極めて高い。

英国のお笑いのネタというのは想像以上にクレバーなネタが多いのだ。

展開も口調も速いお笑い劇の中に、歴史的なことや政治的な要素が混じることもある。容赦ない早口の上、ヘビーな問題を絡めてくるくせに、オチはかなりナンセンスだったりする。小難しい内容の英語を聞き取るのに精一杯で、笑いながらも常に妙な汗が流れていた。

そこまで頑張って笑いについていってるにも関わらず、無意味なオチが突然登場するので、これまで頑張って寸劇についていっていた私の努力を返してくれと突っ込みたくなる。しかし、ナンセンスなオチは好きなので、そこでまた笑ってしまう私がいた。

これが本当にネイティヴと同じ感覚で聞けていたらもっと面白いのだろう、そう思った。

帰国子女でもなんでもない私にとっては、言葉の壁というのは何年経ってもゴールが見えず悲しいところだ。

母国語とは本当に有り難い、心からそう思った。そして、イギリス流のコメディ劇に笑いながらも、なんとなく吉本新喜劇を恋しく思うセンチメンタルな私が居た。

しかし、せっかくだからデイブのお笑いライブ鑑賞で拾ったコミック単語の一つでも、ネタ帳にメモしておくか。

 

最後にパブの話しに戻る。

お伝えした通り、パブにはこういった愉快な人たちが沢山存在している。

しかし、彼らイギリス人たちはこのようなユニークな側面を直ぐには表さない。「イギリス人って結構冷たいよね」と言われるが、それは違う。彼らは初対面の相手には「どうでもいい」という仮面をかぶっている。

そう、目の前の人は「どうでもいい」のだ。彼らは他人のことを必要以上に干渉しない。他人を気にするのは、人助けの時だけなのだ。

そんな彼らが人間力を発揮するのは、時間を培って関係を築いた相手に対してなのだ。その入り口の一つがパブと言えよう。

 

私たちがパブに訪れ、現地の人たちと「その場」だけで楽しむ時間を積み重ねるにつれて、本当の友人関係が培われていく。

いきなり「サシで会おう」なんて、ドリンクや食事に誘ったり、いわゆる飲み会的な場を設けて紹介しあったりして交友関係を広げていくというケースは見たことがない。

イギリス人たちは、インディペンデントに行動し、それぞれの社交場で友情を深めていくのだ。

その社交場の一つがパブであることには間違いない。

私とデイブにとって友情を深めることになった本当の意味での「社交場」は、ヒゲダンスの初舞台となったバスキングピッチだった。しかし、きっかけとしてはやはりパブなのだ。

 

イギリス人のユーモアのセンスは決して侮れない。

毎日毎日がネタを見ているように飽きないロンドンの街。

これも、彼らのセンスが発せられているからこそ、愉快にそして魅力的に、我々の目に映るのかもしれない。

 

そして、英国の地でいかなる強者コメディアンが現れようとも、パブで出会ったユーモラスなイギリス人に流暢な英語でノックアウトされようとも、笑いを愛する私たちは決して忘れてはいけない。

 

我々にはヒゲダンスという文化があることを。

 

(おわり)